「人生は暇つぶし」が虚しく感じる根本的な原因

memo-beside-tulip 少数派の呟き
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「人生は暇つぶし」と言われて、何となく虚しくなるのは、「人生は苦なり」に反するからだと思うのです。

「人生は暇つぶし」が世間受けする理由

「人生は暇つぶし」という言葉が、世間の共感を得ているようですね。
私は、他事でネット検索していた時に、偶然このワードがヒットして知りました。

学生さんはピンと来ないでしょうが、ある程度の歳を重ねてくると、言い得て妙だなぁと感じる人が多いのではないでしょうか。

例えば、30代になる頃には、仕事とプライベート共に一段落し、ふと人生について考えることがあるでしょう。
その時、暇を持て余す日常に直面して、それを解決するには「人生は暇つぶし」という言葉が、シックリきてしまうんですよね。

また、何らかの事情で失業した人は、暇を持て余す最たる例で、仕事すら暇つぶしだなぁ…と感じる人もいると思うのです。

「暇つぶし」の本質に気づく

「人生は暇つぶし」と聞いて、シックリくるなら結構なのです。
…が、今この記事を読まれている方は、何らかの疑問や違和感を覚えたから、ここまで読み進めたのではないでしょうか?

例えば…

  • 暇つぶしのために生まれてきたの?
  • 暇つぶしの一生なんて虚しすぎる
  • 暇つぶしなら楽なはずなのに苦しい

このような違和感を覚えるのは、むしろ自然なことだと思うのです。

暇つぶしをすれば、その時は楽になった気がしますが、長くは続かず、いずれ虚しくなるものです。
よく考えると、暇つぶしをすることで、人生の不安から目を逸らしているだけだと、ふと気づかされます。

つまり、「人生は暇つぶし」では根本的な解決になっていなから、納得しようにも虚しくなるのだと思います。

消費するだけの生活も、ふと虚しくなるものです☝

「人生は苦なり」に立ち返る

野良犬に鉢合わせした時、こちらが逃げると余計に追っかけてきます。
「不安」も同じことでして、目を逸らすばかりしていると、さらに不安が増大してしまいます。

人生の不安は、暇を持て余している人だけが、抱えている訳ではありません。
冒頭でも少し触れましたが、公私共に充実している最中の人は、たまに顔を覗ける「不安」に気づきにくいだけなのです。

バリバリ働いていても、ふと虚しくなることがあります☝

人生は苦なり」という言葉は、誰でも一度は聞いたことがあるでしょう。
仏教を説かれた、お釈迦様の言葉です。

この「苦なり」の意味するところが、上で書いた「不安」に通ずると思いませんか?
人生の不安は、誰もが抱えているものなのです。

何処の誰だか分からない人の言葉と、世界の三大偉人に挙げられるお釈迦様の言葉…。
どちらが正しいかなんて、考えるまでもないでしょう。

儚い人生だからこそ、真剣に向き合うことが大事です☝

若いうちに不安と向き合う練習を

人生の不安は、誰もが抱えていると書きました。
さらに厄介なことに、人生の不安は、歳を重ねて解決するものではありません。

その証拠に、現役時代は働き詰めだった人が、定年退職したら何もすることがなく、うつ病になったという話をよく聞きます。
定年を迎える程まで歳を取ると、不安に対処する気力が残っていないからでしょう。

ならば、気力に満ちた若いうちにこそ、不安と向き合う練習を重ねることが、とても大事であると分かります。

もちろん、いつも不安と向き合っていては、心が折れてしまうかもしれません。
そんな時こそ、気分転換に「暇つぶし」で心を労りながら、少しずつ取り組めばいいと思うのです。

最後に、今回のテーマをまとめますと、

「暇つぶし」はホドホドに…

ですね。

お勧めの本

『孤独と不安のレッスン』

不安と向き合うとは言っても、ピンとこないかもしれません。
そんな方には、この本が導入編としてお勧めです。