年末年始が苦手な人

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こんな方に向けて書きました♪

  • 年の瀬のざわついた空気が苦手だ
  • 年末年始の行事は憂うつになる
  • 初詣は疲れに行くようなものだと感じる

年の瀬は心がざわつく

12月と言えばクリスマス♪、それが終われば世間は一気に年越しムード…、息つく暇もない。
職場では仕事納めに向けて、挨拶回りだの何だのでソワソワ…、通常の仕事は手付かず。
仕事納めが終われば、身近な人との忘年会だの、手付かずだった年賀状の準備だの…、実にせわしない。
そして大晦日には、カウントダウンイベントだの、午前0時の初詣だの…、日本人って実にイベント好きな国民ですよね。
よくそんなにも毎日、ハイテンションが続くものだなと、周りの人を見ていつも感じます(笑)。
確かに、1年の区切りではあるので、何かしら験担ぎをしたくなるのは分かります。
しかし…、果たして年末年始というのは、そんなに目出度いことなのでしょうか?

年末年始の空気が苦手

私は、クリスマスから年末年始にかけての時期が、とても苦手です。
正確に言いますと、とある頃から苦手になってしまいました。
もちろん子どもの頃には、クリスマスや大晦日といったイベントは、とても楽しみにしていました。
しかし、大人になって歳を重ねるにつれ、憂うつになっている自分に気づきました。

  • 世間に漂う浮かれた空気…心がざわついて疲れます
  • 年末年始のテレビ特番…全く観なくなりました
  • 大晦日のカウントダウン…迎える前に寝ています

私は、社会人になって早々、適応障害や抑うつ状態に悩まされ、うつ病も経験しました。
初めは、うつ病が原因で楽しめなくなったと思っていましたが、寛解した今でも状況は同じなのです。
そして最近になり、自身がHSP気質であることに気づき、これが原因のひとつだと自覚しました。
また、ある程度の歳を重ねたことも、影響しているとは思います。
それにしても、年末年始に違和感を覚えるのは、私だけでしょうか?

初詣は行く意味あるの?

正月三が日には、世間は初詣で賑わいます。
地方都市においても、その地域でメジャーな神社へ向かう道路は、自動車の列が延々と連なります。
せっかくの正月休みに、そこまでして参拝に行きご利益でもあればいいですが、果たしてどれ程の意味があるのでしょう?

私は、とあるご縁で”因果の道理“という言葉を教わってから、神頼みを一切しなくなりました。
因果の道理とは仏教の言葉でして、いわゆる自業自得がこれに当たります。
善い行いをすれば善い結果が返ってくる、悪い行いをすれば悪い結果が返ってくる…。
思い返してみれば、自分の周りで起きることって、この言葉の通りなんですよね。
ですから、今の私は…

  • お守りの類は持たなくなりました
  • マイカーにもお守りは付けていません
  • でも…罰が当たったことは一度もありません

もちろん、今年の正月も初詣には行っていませんし、今後の年明けにも行くことはないです。
そういえば過去に、初詣の餅まきで将棋倒しになったという事故がありました。
神頼みに集まった人々が事故に遭うなんて、実に滑稽なことだなと思いました。
このように、因果の道理を教わったおかげで、根拠のない迷信に振り回されなくなり、身の周りも身軽になりました♪

年末年始の意義とは?

年末年始の行事はどれも、業界が金儲けのために企てたものばかり…、最近はそう感じるようになりました。
ですから、年末年始だからと盛り上がって生活リズムを乱すことが無くなり、普段通りに過ごしています。
傍から見れば、浮世離れした変わり者に映るかもしれませんが、この心の持ち方はHSP気質にも向いていると思います。

門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

これは、一休さんでお馴染み、一休和尚の言葉です。
冷静に考えれば、年末年始とは言えども、ひとつ日付が変わるだけのことです。
むしろ年が変わることで、ひとつ歳を取ってしまうのですから、お目出度くはないですよね。
だから私は、「明けましておめでとうございます」とは、極力言わないようにしています。
敢えて言うなら、「新年のご挨拶を申し上げます」ですね。
年末年始の意義を挙げるならば、歳を取っていく現実に目を向け、自分を見つめ直すことにあると思っています。